Twitterで今どきは嫁さんが来てくれるだけで有り難いと思ってくれるお寺もあるという話がでた。
私の郷里もそうだった。なかなかお寺に嫁が来なくて外国人のお嫁さんを迎えるお寺もあるという話も聞いたことがあった。
私?反対されてたよ、そりゃ。だから25年間嫌味言われたりバカにされたり、行動を管理されたりしてきたんでしょ。
ひとえに在家出身だからでしょうね。だから人間扱いされてなかったんだと思う。ダンナが結婚したい人がいると婆に告げた時こういう言葉で反対した。
「あんたの結婚はあんたひとりの結婚ではありません。門徒の結婚です。どこの馬の骨とも知れない娘と結婚するなんて言語道断です」
これ、手紙に書いてあったのよ。ダンナの独り暮らしのワンルームに開いたまま置いてあったのを偶然読んでしまった。この一文だけは忘れられない。
「どこの馬の骨とも知れない娘」ということで面長な私は結婚するまで陰で
「馬面娘」
と呼ばれてたらしい。それを私に教えてくる無神経なダンナもどうかと思うけど。
「寺に嫁が来てくれるだけで有り難い」なんてうちではまぼろし。
寺族ではない、在家から来た私は
「嫁の分際」
扱い。
「嫁の分際でワシら(ダンナ含む)に逆らうな!」
「お前は休みがなくて当たり前。ストレス溜まって当たり前」
と爺に言われたこともあった。
爺は元々偉そうな態度だったし、婆は田舎の大きなお寺のお嬢様でそだったから、仏教なんてほぼほぼなかったと思う。単なる知識としての仏教。
法話を聞いても自分と照らし合わせるとか皆無なんだと思う。
お寺で生まれ育ったのに・・・。と思わずにはいられない。
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