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【同居の愚痴】若かった時の話その2

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思い出して綴るので話が前後することがあるけど、結婚してすぐ、私が実家から持ってきたモカシンシューズが捨てられた。理由は「汚げだったから」。

全然汚れてもない、からし色のモカシン。何も反論できなかった。


そして前回の話で1週間2階の自室から出るなと命じられた翌年の正月。
義母は私宛ての年賀状を私よりも先に全てチェックし、私が読むより先に嫌味を言ってきた。

「あんた、妊娠中毒症だったの?」

バカにしたようなとても冷ややかな言い方だった。結婚前の職場の同僚が母の知り合いでもあり、母から私の事を聞いて、勝手に妊娠中毒症と解釈したらしい。それを読んで私にそう言ってきたが、私はまだその年賀状を読んでいなかったのでわけがわからず何も言えなかった。

そして第一子が生まれると義母は私に

「あんた、保母してたからって子育てで私に偉そうにしないでね」

と言った。今思うととにかく婆は偉そうにされるのが嫌だったと思う。
婆は昔

「私は人を見る目があるから。あんたより長く生きてるし」

とも言った事があるが、自分で言っちゃってる時点でどうかと思うし、私が偉そうにする人間だと思った時点で人を見る目がないのは確定。今思うとホント笑える話。人を見る目があるって、よく言うたもんやと。

そして上の子が歩き始めた頃、友だちの結婚式に行く事があった。
もちろん結婚式は土曜日か日曜日。婆は

「土日の結婚式はもうやめて。寺は土日忙しいのよ」

今なら言える。土日の寺が忙しいってどの程度?私が結婚式に行っても何も支障ないレベル。婆は

「忙しいから寺は土日に結婚式はしないのよ」

とも言った。
私たちの結婚式も月曜日だった。土日を希望したが却下された。

でも、その後義両親が参列した寺の結婚式は全て土曜日か日曜日。
どんな顔して結婚式に出かけて行くわけ?と思ったが、義母は厚かましいほど普通に出かけて行った。


私は結婚して割とすぐに妊娠したが、どれだけしんどくてもリビングで横になることは許されなかった。

ダンナも義父もリビングで横になって昼寝しているのに、私はつわりでしんどい時も横になるのは許されなかった。

だからリビング・台所に誰もいない時に横になっていたが、義両親の気配を感じるとすぐに起き上がった。

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