【同居の愚痴】婆がぁ・・・!

Twitterではつぶやいていたけど、婆の認知症がどうやら入り口まで来ているモヨウ。

その事に思いがけず自分が動揺しショックを受けていることを認識した。

思い返せば一番始めは流しの水の出しっぱなしだった。1週間から10日ぐらい前に1回あった。その時は少し強い口調で出しっぱなしであることを婆に言った。婆のすっとぼけた返事で『何しらばっくれてんの?』と思った。

でも数日前にもまた水の出しっぱなしがあり、その翌日には冷蔵庫に入っているスイカを見て婆が家族皆に聞いてきた。

「スイカ、誰がもらったの?」

私は黙っていたけど、前日に婆が

「せっかくスイカもらったのに、ひ孫ちゃん今日来なくて残念だわ」

と言っていたので婆が誰か門徒さんから受け取ったはず。内心「え?」と思いながら黙っていた。

そして昼食時、婆が電子レンジに冷やご飯が入ってるのを見て婆が言った。

「誰がご飯ぬくめたの?」

「バーバじゃん」

と息子。でも婆は絶対認めない。

「私じゃないけぇ」

「バーバだって!」

「私はご飯レンジに入れとらんけぇ」

「はい、わかりました、わかりました。違います、違います」

息子はすぐに引っ込めた。

「卵に牛乳を入れるの、いいねぇ。ふわふわになるわ!」

まるで私の発案かのように言うので

「え?卵に牛乳はいつも入れてるじゃないですか。お義母さんも前から入れてますよ」

と言うと、

「私は入れたことないよ」

と、言い切った。私がゾッとしたのはココ。

こりゃヤバいと思った。もう今までの事を考えて、認知症の症状が出始めてきたと。

心の中がザワザワして、ダンナに相談したのだけれど・・・。

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【同居の愚痴】若かった時の話7

若かった時の話

若かった時の話その2

若かった時の話その3

若かった時の話その4

若かった時の話その5

若かった時の話その6

Twitterではほぼほぼ義母の愚痴しか書いていない。
なぜなら、義父は愚痴る価値もないから。
でもblogでは敢えて記しておこうと思う。

義父は結婚した当初から偉そうな人物という印象だった。
アゴが上がって、人を見下すような態度で、私の両親もぞんざいに扱われた。
言うなれば、目上の人にはぺこぺこするが、目下だと思うと偉そうな態度を取る。とても寺の住職だと思えるような人ではなかった。

私の前ではいつも眉間にしわを寄せ、理不尽な事はたくさん言われた。

子どもたちが食卓で宿題をしているので私も一緒に見ていたら

「ここは勉強する所じゃなかろう。ご飯を食べるとこじゃろうが!」

と言われた。無視したけど、自分も食卓で事務仕事するくせによく言うと思った。何が違うんや!

その義父はダンナがいない時を見計らってよく私に文句を言ってきた。

「男に紙オムツを買わすな!」
彼岸中はたとえ1時間でも外出することはならん!」

いろいろ言われたが、あまり覚えていない。でもお彼岸の入りから明けるまで1時間でも外出するなと言った次の秋彼岸、義父は1日ゴルフに出かけた。
1時間はダメだけど1日ならいいのか?

後にこのことを指摘すると義父はあろうことがこう言った。

「ワシには歴史がある」

自分には歴史があるから、お彼岸中にゴルフに出かけても許されるという。

え?お彼岸中に出かけるところをご門徒に見られると体裁が悪いから出かけるなということだったはず。それが「ワシには歴史がある」とはどういうことか?

ご門徒が「老院さんは歴史があるからゴルフに行ってもいいだろう」なんて思うわけ?アホなのか?
「歴史がある」というなら、私だって結婚以来管理され、監視され、嫌味を言われ、自分らの都合のいい時だけ坊守扱いし、理不尽な事を言われてきた歴史があるわ!みんなそれぞれ歴史があるんじゃい!自分だけが大層な人生があるとでも言うのか?片腹痛いわ!

そして逆に忘れたくても忘れられない言葉がある。
義父に何か理不尽な事を言われ(発端は記憶にない)、私が義父に抗議した時のこと。

「私は休みもないし、ストレス溜まるんですよ」

と抗議した私に義父はこう言い捨てた。

「休みなくて当たり前!ストレス溜まって当たり前!」

自分はゴルフに行って休みもあるくせに!
更にこうも言った。

「嫁の分際でワシら(ダンナも含む)に盾突くな!」

「嫁の分際」って?

偉そうに有り難そうに説法する住職の口から「嫁の分際」とか出たらどう?
もう、その人の話なんて聞けない。

まだまだ爺の愚痴はあるけど、今日はここまで。

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【同居の愚痴】若かった時の話その6

その5で書きわすれていたことがある。

義母への誕生日や母の日のプレゼント、はたまたお土産にいたるまで自分が気に入らないと平気でぞんざいに机の上に投げて突っ返してきた話をしたが、プレゼントに困った私はもう何がいいかわからず、3年ほど花にしたことがあった。すると義母は

「花ばっかり!!」

と文句を言ってきたこともあった。もう何をプレゼントしていいのか、苦痛以外の何ものでもなかった。

娘が生まれた時、ひな人形の話になった。実家の母はひな人形を買うのを楽しみにしてくれていた。しかし義母は平気で実家をないがしろにした。

「あんたの実家からつまらない人形が送られてきたら、毎年私が人形の顔見て腹立たにゃいけんし、半分出すから私がひな人形買うけぇね」

せめて「私が買ってもいい?」と聞いてくれたらまだ救われたけど、もう「私が買う」と断言。実家の両親の気持ちなどお構いなし。

これにはさすがのダンナも私に悪いと思ったのか、初節句のお祝いに私の両親も呼ぼうと提案してくれた。お金を半分出しただけでひな人形を見ていない私の両親に気を使ってくれての提案だった。すると、翌日、ダンナがいない時に義母は私にこう言い放った。

「ヒデ(ダンナ)が何か言ってたけど、あんたの両親は初節句には呼ばんから。そんなしきたりないし」

耳を疑った。自分はしきたりを破ってひな人形を自分で買ったくせに、そのことは棚に上げて自分は私の両親にしきたりを押し付けてくるなんて。

これがお寺で生まれ育った人のやることなの?と思った。

しかも義母が買ってきたひな人形の木箱にかけてあるのし紙には両家の名前が書かれてあったが、私の実家の苗字の漢字が一字違っていた。

え?最後の文字、「川」じゃなくて「河」なんですけど?なんで「川」?みたいな間違い。これに義母は悪びれる様子はなく、

「店員さんが間違えたのよ。別にいいでしょ?」

の一言。結局ね、バカにしてるのよ。私が在家出身だから。私の実家が在家だから大バカにしてるの。
でも寺って、在家の人たちに支えられてるのだから、バカにするのはお門違いなんだけどね。

結果、毎年私がひな人形の顔見て『首へし折ったろか!』と思うほど腹立つ事に。
大体、ひな人形に愛着もないし、出したくもない。面倒臭いだけ!

次は義母に自分の物の買い物を頼まれた時の話や、義父から受けた言葉の暴力などを綴りたいと思う。

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【同居の愚痴】若かった時の話その5

若かった時の話

若かった時の話その2

若かった時の話その3

若かった時の話その4
※思い出して綴っているので、時系列ではありません。

1年のうち、義母の誕生日と母の日は苦痛以外の何ものでもなかった。
里帰りのお土産や私ら家族で行った旅行のお土産もそうだった。

義母は自分が気に入らないプレゼントやお土産だと、平気で突っ返してきた。
しかも食卓にポンと投げて

「これ、要らんから。返す!」

悩みに悩んだプレゼントやお土産をぞんざいに扱い、突っ返される気持ち、普通の人ならわかるよね?

そのくせ年1回必ず同じ場所に行く旅行で買ってくるお土産は自分が突っ返してきたTシャツばっかり!ダンナの分と併せると20枚以上。ダンナは義母のTシャツはほぼほぼ着ないので袋から出してないTシャツもいっぱい。
それを去年まとめて実家に送った。

そしてプレゼント。一度はイビザの革の財布をもったいぶってくれたけど、ハッキリ言って色は地味だし、私は自分の好みの財布を使っていたからものすごく迷惑だった。でも本人は

「いい色でしょう?今年は奮発したのよぉ〜。本当は私が欲しかったんだからぁ」

だったら返すから自分で使えばいいと心の中で思いながら受け取った。正直あまり嬉しそうにもできなかった。全然嬉しくもなかったし。

義母はデパートで服や装飾品を買うのが好きで、庶民出身の私には考えられないくらい、毎月服やバッグなどを買っていた。

そんなに寺ってもうかるの?そう思うくらい(でも私はぜいたくできるほどのお金はもらったことがない)。

今思うと、義母はデパートで散財することで店員からぺこぺこされるのが気持ちよかったのだと思う。一緒に行きつけのデパートに行くと、当時入っていたティファニーの店員が「あ、◎×さま、いつもありがとうございます」と言われて得意気になっていたし。

それで私の服も、私の好みなどお構いなしにたびたび買ってきた。

「これ、あんたに買ってきてあげたから。良いでしょう?似合うと思って。安くないのよ。爺さん(実際には義父の名前)にもお礼言ってね」

え?欲しいとも言ってない服を勝手に買ってきて義父にお礼を強要されるって何?しかも義父の部屋に行き、お礼を言っても、義父は『なんのこっちゃ』みたいな態度。これ、毎回だった。

バカみたいに同じようなカシミアのセーターを間を開けて何枚も買ってきた事もあった。全く好みでもないセーター。
見た目はいいが、着たらチクチクして死にそうになるセーターの時もあった。1回着ただけでタンスの肥し。

それだけでなく、義母のお下がりも押し付けられた。若かった私は断る事もできず、仕方なくもらい、仕方なく1度着たがダンナに

「お母ちゃんのお下がりなんか着んな!」

「この服良い服なのよ。あんたが要らなかったらあげる人は他にもいるから」

と言うので、

「じゃあ、要りません」

と言うと、

「なんで?」

と明らかに不快な言い方をされ、結局もらう羽目に。その服も一度も着た事はない。

服を買ってくれるならお金が欲しかったし、まだまだ着られる服をたびたびくれるぐらいならもっとその服を着たらいい。ぜいたくでしかないと思った。

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【同居の愚痴】若かった時の話その4

若かった時の話

若かった時の話その2

若かった時の話その3

私が嫁に来た時から義両親はとても勝手な人たちだった。
もちろん、100%悪い態度だったわけではない。本人達は飴とムチを使い分けてるつもりだったのかも知れない。

でも「こんなことを言ったら嫁さんはどう思うだろう?」という配慮は全くなし。

その3で風呂でシャワーを出す音が響くから風呂に入るのは22時半までとうるさく言われていた話をしたが、子どもたちが小さかった頃、私たち親子は義両親の騒音に悩まされた。

爺は私がどれだけ戸締まりしても必ず戸締まりのチェックを自分でする人だった。それはいいが、2階の寝室の真下ではないが割と近い扉を、これでもか!戸思うほど思い切り閉め、バシン!!というすごい音を立てる。更に本堂と庫裏(住居)の間の鉄の扉も思い切り閉める。何か私たちに腹でも立ててるのか?と思うほど。
それを幼かった子どもたちがやっと寝て、これから束の間の自分の時間だと思った時にやられて、子どもたちビクッ!と目を覚ましてしまう。

婆もそうだった。婆は夜に洗濯をする。
正に寝室の真下の障子を開け、外に干した後、激怒してんの?と思うほど力いっぱい障子をバシン!と閉め、それがまた本当にめちゃくちゃ大きな音で子どもたちがビクッ!と目を覚ましてしまう。

『騒音殺人って、こうやって起きるんだ』

そう思ったもんだった。

義両親は私には文句を言うが、自分たちが言われるのは嫌がる人たち。
それでも一度、戸を閉める音があまりにうるさいので静かに閉めて欲しいと言ってみたが、爺は意に介さず。婆は2日は気をつけていたが、3日目からは通常通り、『激怒してるの?』と思うくらい。障子がそのうち壊れるんじゃないかと思うほど思い切り閉めていた。

特に婆は力の加減ができなくて、何でもかんでもバンバン!恐ろしいほど音を立てて閉めていた。脱衣所のタンスも、部屋の扉も。

よくやられたのは、買い物などの外出から帰り、扉を開けた途端、部屋の扉をバシン!と激しい音を立てて閉められた。

車庫に車を停めているエンジン音が婆の部屋まで聞こえるので絶妙なタイミングでやられた意地悪。

もちろん、「おかえり」の一言もなし。
娘も私と間違えられたようで一度やられて憤慨していた。

若い時の愚痴はまだまだつづく。

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【同居の愚痴】若かった時の話その3

結婚して、一番神経を使うのは風呂に入る時だった。脱衣所の扉には鍵はなく、私が風呂に入っているにも関わらず、義父は自分の都合だけで容赦なく扉を開ける。
そのため、風呂に入る時はドアノブを掴みながら服を脱ぎ、脱いだら急いで風呂に入る。風呂から上がる時は風呂場で体を拭き、風呂場から出たらすぐにドアノブを掴みながら服を着る。
なんども開けられそうになった事もあるし、一度は入ってすぐ脱衣所に忘れ物を思い出し、バスタオルで隠しながら脱衣所に出たら、いきなり開けられた事もある。爺は扉をすぐに閉めるどころか、

「入っとったんか」

の一言。はぁ?見てわからんのか!
そんなことがあっても爺はお構いなしで開けようとしてきた。
それがなくなったのは15年過ぎてから。娘も年頃になってくるし、私も強くなってきていたから、掴んだドアノブを開けようとしてきた爺に

「誰?!」

と怒鳴った事で脱衣所に電気がついている時は誰が風呂に入っているか確かめるようになった。15年過ぎてやっと!!

でも風呂に入るのが22時半までという鉄則は25年間続いた。
たまに行く飲み会の日は風呂は諦めるか、静かに静かに入るか。
でもシャワーを出さずに湯船の湯を使って入っても婆が

「誰が風呂に入ってるの?!」

と怒鳴りに来た。飲み会に行った私の他に誰がおんねん!と思ったけど。
私がバイト始めてからはその鉄則は崩れた。バイト始めて間も無く、17〜22時のシフトにも入るようになったから。
そして今はダンナまで夜中に入るようになった。婆がダンナに文句を言うと、

「もうお母ちゃん達中心の生活はできんから。我慢するか耳が悪くなってもらうしかない」

と言っていた。この言葉、私がダンナに言ったそのままの言葉だけどね(笑)。

私らだって、爺と婆の騒音には随分我慢したのよ!!
つづく

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【同居の愚痴】息子炸裂(苦笑)

本業で一泊での仕事と言うか活動があり、今日は早朝のバイトも休みにしていたので気分的にはほぼほぼオフだった。

それで、ダンナのお参りがどうなのか全く関知せず。一度帰ってきたけどまたすぐいなくなったし、お昼ご飯の時間になっても現れないのでお参りにいっているのだと思ってた。

爺も昼ご飯を食べなたら

「ヒデは11時半からのお参りじゃけぇ、まだ帰らんじゃろう」

と言ったし。
しかしその20分後、門徒さんからお参りがどうなっているかの電話がかかってきた。電話を受けた爺は大慌て。

あ、だったら2階にいるのかなぁと、室内インターホンを鳴らしてみた。すると爺は結構な剣幕で

「あああ?家にいるのを知ってたんかぁ!!」

と大声で言ってきた。もう私も黙ってはいない。

「私は知りませんよ!!」

と応戦すると、爺が私に向かって言ってきた。

「なんでそんな言い方をするんじゃ!」

「は?お義父さんが先ですよ?お義父さんが先に仕掛けてきたんですからね!」

「ワシはヒデが2階に居るのを知ってるのか聞いただけじゃ」

「いやいや、お義父さん結構な言い方・・・」

と、言いかけたところにリビングにいた息子登場。

「ジージが先に怒鳴ったじゃろう!大きな声で『あああ?』とか言ってきたけぇ!」

爺はすこしひるんだが、

「お前は何を言いよるんじゃ」

すると普段そんな姿を見せない息子がめちゃくちゃ言い出した。

「自分が先に怒鳴ったくせに、おかしいじゃろう。大体ジージは自分勝手な事ばっかり言っておかしいんよ。みんな言いよるで」

「あんた、なんじゃその言葉づかいは。ちょっと考えんさいよ」

「はぁ?自分が言った事には謝りもしないくせに何言いいよるん?もうジージとは話もしとうないわ!」

息子の反抗的な言葉はこれだけではなかった。結構な事を言っていたが、全て覚えいない(笑)。でも止まらないので心の中では笑いながらも

「もうやめんさい。お母さんのことじゃけぇ、もうええけぇ」

と、止めた。一度では止まらなかったので心の中ではウケた(笑)。

反抗期がほぼなかった息子は26歳にして反抗期に入ってるのかも(苦笑)というぐらい最近反抗してくるが、今日はすごかった。

爺はもうだんまり。

息子がいなくなった時に爺に文句を言われたら負けない自信はある。

息子の言葉づかいは普通の方言だし、内容は間違っていない。
口答えされたことに腹を立てただけだろうと言える。

自分たちは私たちがどう思うか考えずに好き勝手に言ってきたクセに、自分が反抗されるとショックを受けるって何?

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【同居の愚痴】若かった時の話その2

思い出して綴るので話が前後することがあるけど、結婚してすぐ、私が実家から持ってきたモカシンシューズが捨てられた。理由は「汚げだったから」。

全然汚れてもない、からし色のモカシン。何も反論できなかった。


そして前回の話で1週間2階の自室から出るなと命じられた翌年の正月。
義母は私宛ての年賀状を私よりも先に全てチェックし、私が読むより先に嫌味を言ってきた。

「あんた、妊娠中毒症だったの?」

バカにしたようなとても冷ややかな言い方だった。結婚前の職場の同僚が母の知り合いでもあり、母から私の事を聞いて、勝手に妊娠中毒症と解釈したらしい。それを読んで私にそう言ってきたが、私はまだその年賀状を読んでいなかったのでわけがわからず何も言えなかった。

そして第一子が生まれると義母は私に

「あんた、保母してたからって子育てで私に偉そうにしないでね」

と言った。今思うととにかく婆は偉そうにされるのが嫌だったと思う。
婆は昔

「私は人を見る目があるから。あんたより長く生きてるし」

とも言った事があるが、自分で言っちゃってる時点でどうかと思うし、私が偉そうにする人間だと思った時点で人を見る目がないのは確定。今思うとホント笑える話。人を見る目があるって、よく言うたもんやと。

そして上の子が歩き始めた頃、友だちの結婚式に行く事があった。
もちろん結婚式は土曜日か日曜日。婆は

「土日の結婚式はもうやめて。寺は土日忙しいのよ」

今なら言える。土日の寺が忙しいってどの程度?私が結婚式に行っても何も支障ないレベル。婆は

「忙しいから寺は土日に結婚式はしないのよ」

とも言った。
私たちの結婚式も月曜日だった。土日を希望したが却下された。

でも、その後義両親が参列した寺の結婚式は全て土曜日か日曜日。
どんな顔して結婚式に出かけて行くわけ?と思ったが、義母は厚かましいほど普通に出かけて行った。


私は結婚して割とすぐに妊娠したが、どれだけしんどくてもリビングで横になることは許されなかった。

ダンナも義父もリビングで横になって昼寝しているのに、私はつわりでしんどい時も横になるのは許されなかった。

だからリビング・台所に誰もいない時に横になっていたが、義両親の気配を感じるとすぐに起き上がった。

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【同居の愚痴】若かった時の話。

seesaaブログ、発作的に削除してしまったけど、エクスポートも失敗してちゃんと取れていなかった。
なので今までのことを思い出して書き綴ろうと思う。

私は昔から日記をつけていた。もう子どもの頃から。なので結婚してからも3年日記を買ってつけていた。
その日記は3年の途中で書くのを辞めてしまった。1年目の日記も辛い事が多かった。2年目もそう。3年目、もう1年目2年目の自分の日記を見るのも辛くなって・・・捨てた。

今思えば取っておけば良かったと思う。小さな辛い事は色々あったけど、結婚して強烈な出来事は第一子を妊娠して間もない時の事。

自分の部屋に行こうと2階へ上がろうとした時、義母に腕を掴まれて言われた。

「あんた!しくじりは許されないからね。流産でもされたら、私らがいじめたことになるんだから!門徒さんに悪く言われるのは私らなのよ」

耳を疑うより前に「ひぇ〜っっっ!」状態。マジ怖かった。
そして驚いたのが、
お腹の子の心配より自分らの体裁?
思えば私の疑問はこの時からだったと思う。爺も婆も・・・ 

お寺で生まれ育ったのに?

当時義母は52歳。今の私とほぼほぼ変わらない年齢。
なのにあの意地の悪さ?

在家出身の私に、義母は寺の仕事など何ひとつ教えてくれなかった。

「これはなんでやってないの?」
「ダスキンのホコリ払ってないの誰?」

よく怒鳴られた。1〜2ヶ月前だったか

「私は怒鳴ったことないわよ!」

と言った時は「マジで言ってんの?」と耳を疑ったほど。

ダスキンなんて使うような家に住んでなかった私はダスキンは使えても、ホコリ振り払うことも、どこで振り払えばいいかも知らなかったし。
寺の仕事も教えてもらえず、怒られて始めて知る事が多かった。

「そんなことも知らなかったの?」

義母は呆れたように言った事もあった。寺族では当たり前のことでも在家出身の私には当たり前であるはずがないのに。

「つわりは病気じゃないからね」

それでもつわりがひどく、妊婦検診で「できるだけ安静」を言い渡されると

「1週間2階の部屋から出て来なくていいから。ずっと寝てなさい」

と、階段を下りる事すら禁じられた。そこまでの安静ではないと言っても聞き入れてくれず。
1週間風呂も入るなと言われたのはきつかった。
頭を洗いたくて洗いたくて辛かった1週間は忘れられない。

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【同居の愚痴】よその婆も怖い

先日、坊守総会があった。
お幸せなお嫁さん生活を送られている私より年上の坊守さんが、姑さんを総会後のランチに誘い、その姑さんがうちの婆を誘ったって話

お幸せなお嫁さん生活を送られている坊守さんは集まりの度に

「お嫁さんよりお姑さんの方が我慢してくれてますよね?」

と言っちゃう人。頭いい人のはずなのに、こういうこと言えちゃうのはなんで?と思ってしまう。自分の関係が全てだと思ってんの?
私はこの言葉がとても不快だった。2〜3回聞いたけど、毎回イラッとしてた。

そして、婆は親戚の鬼婆も呼んでしまった。
この鬼婆がまたたちが悪くて。婆も鬼婆も寺付き娘。だから爺は婿養子。
鬼婆の方は先立たれていないが、息子も鬼婆が嫌い。
なぜなら、鬼婆は子どもたちに食事をほぼほぼ作った事がなかったから。
それどころか子どもが小さい頃はある期間、家に帰らず好きな事をしていたらしい。食事は婿養子である父親が作っていたとか。

だから自分が結婚する時には「子ども達にご飯を作る母親になって欲しい」と言ったそう。

で、話しを元に戻すが、鬼婆を呼んだ事で私ら嫁は大騒ぎ。
その寺の嫁ちゃんは鬼婆を振り切り、早めに寺を出たが、なんと鬼婆は近くの坊守(私らと仲が良い)を巻き込んで嘘までついておおごとにしてしまった。

「一緒に行くと約束してたのに、どこに行ったの?」

と騒いだそう。とにかく一緒に連れて行って欲しかったらしい。もちろん約束なんてしていない。

嫁ちゃんも今まで散々な事をされたり言われたりして、今ではもう一言も話もしないのにそういう時だけ頼られても無理なものは無理。

結局タクシー代1万円以上かけて来たが、そのタクシーの中からうちの婆に電話をかけてきた。

嫁に置いて行かれたとか、ランチ会場がわからないとか騒いでたらしいが、知らんがな!私らは総会あるし、婆達はランチだけやし!

もう総会も私たち2人は気持ちがどんよりよね。
その上、お幸せなお嫁さん生活を送られている坊守さんは総会ドタキャン。
法事が入ったからだとか。
この人、総会とランチのドタキャン率ピカイチなんですけど?法事とか葬儀が入ったからと言えばいいと思ってんの?大体総会って重要な会議なのに法事を入れるってどういうこと?普通入れないよ?で、ランチだけくるって不信感しかないんですけど!

幸いランチは端と端に別れたけど、一度だけ私が笑った声を聞いてバカにしたような顔してたのは見逃さなかった。「何あれ?」と呆れて笑うようなしぐさ。

私は私で、お幸せなお嫁さん生活を送られている坊守さんに直接抗議はしなかったが(本当は「もう年寄りを坊守会に呼ぶのはよくないですか?年寄りは年よりで集まったらいいと思います」と言いたかった)、もう私は婆は無理アピールはしつこいほどしておいた。

新年会、婆を誘ったらもう婆にハッキリ来るなと言うか、私が欠席する事にする!

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